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うちの子日記

最初のうちの子ラモスは2018年1月に永眠しました。新たなうちの子はこれから来ます。

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記録が前後しますが、8/14に義母の実家、気仙沼にお墓参りに行きました。
このことを書こうかどうか迷っていましたが、記録として残した方がいいと思い書きます。

海のそばの義母の実家は3.11の津波により、1階部分は流されました。
鉄筋コンクリートの建物だったため2階、3階は残りましたが、そこにも泥が乗り上げて、住める状態ではありませんでした。
何とか泥を掻きだし、現在は2階、3階が住まいになっています。
しかし、地盤沈下でここにずっと住めるのかも分からないのだそうです。

お墓参りをした後、周囲の様子を見に行きました。
建物が土台から根こそぎ持っていかれた跡や港はまだ復旧されていない部分も多く、津波のすさまじさを今でも確認することができました。

建物はなく、土台の一部が残っているだけです。
地震の爪痕2

桟橋が落ちてしまい、地盤沈下によりここ周辺が全体的に下がっているため満潮の時には水が乗ってしまうそうです。
地震の爪痕1

このようにまだ、修復されていません。
この地域の地盤沈下による被害をどのように修復するのか、また住めるのかといったことがまだ決まっていないので、修復もできないようです。
地震の爪痕


地盤沈下で底上げするには、現在走っている道路の高さより高くすることになるということで、相当広い地域で底上げ作業をしなければなりません。
そうした費用のねん出も難しく、まったく話が進まないようです。
とはいうものの、ここに暮らしている人も多いわけで、早急に決めて行動していただかないと、小さな津波が来てもかなりの被害が出てしまうなというのが印象でした。

復興、復興と湧いているのは、都市部だけのような気がします。
元いた場所に住もうと決意している人たちが、安心して住めるような復興は全く進んでいない気がしました。

そして、もう一つ記録に残しておきたい話がありました。
主人の叔母さんと従弟は実際に津波にのまれて、運よく助かりました。
従弟の方は何とか岸に泳ぎ着きましたが、80歳の叔母さんは近所の方が近くから浮くようなものをいくつも水の中に投げ入れてくれて、何度もそれをつかんだけれど、すべてつかむと沈んでしまい、水も冷たいしもうだめだと思ったそうです。
そして、最後に流れてきたのがべニアの板だったそうです。
それは沈まずに体を浮かせてくれて、近所の方に引き寄せてもらって抱え上げられたのだそうです。

その後、高台に逃げたけれど、食べ物もなくただただ日にちが過ぎて、3日間も何も食べずに、ようやくおにぎりが配られたのは4日目でした。
それも1つを3人で分けて食べてくださいというものだったそうです。
男性は老人、子供を先にと言って4日間は食べずに5日目にようやくご飯を少し食べられたということでした。

こうした経験より、声を高くして言いたいのは、避難場所を確保するのは大切だけれども、そこに食料がないことには生きることができない。
必ず避難場所には食料を確保することを義務づけることが重要だと言っておられました。

そして、まったく無意味な支援もあったそうです。
それは、被害にあってからすぐに来た心のケアに来た専門家だそうです。
家も家族も失った人たちは、まだ呆然としている中、いろんな話を専門家としたそうですが、心の整理がつかないまま、震災の話をすることで、記憶がよみがえり返って眠れなくなったり、不安定になったりしたそうです。
こうしたケアは不要とは言わないけれど、せめて震災から1か月以上経ってから来てほしかったと言っていました。
1か月以内は思い出さないようにしているので、それをわざわざ話させられたのは辛かったと言っていました。
心のケアはタイミングを外すと逆効果のようです。

叔母さんの避難所生活は6か月に及びました。
人間が理性を失わず我慢ができるのは3か月だということでした。
3か月を過ぎると男女ともに喧嘩が始まったそうです。
男性はかなり激しい喧嘩をしたそうですが、不思議と日にちが経つにつれて仲が良くなったりしたんだそうです。
しかし、ひどいのは女性の喧嘩だったそうです。
日々ストレスがたまり、イビキがうるさいとかそういったことで喧嘩になると、なかなか仲良くなることもなくどんどん悪くなっていったそうです。
そこへ、ボランティアで折り紙を教えてくれる人がきて、みんなやったそうです。
器用な人はボランティアの人がいる時間内に完成できましたが、そうでない人は時間内にできず、その後器用な人に教わって完成させたりしたそうです。
その中には昨日まで喧嘩していた女性が一緒に作業して仲直りしていたんだそうです。
娯楽もなく心にゆとりがない時こそ、手芸っていいなと思って、この避難所にも手芸が得意な人がいるだろうから、材料を調達してもらって、みんなで手芸を教えあってやった方がいいということになり、それを始めてから喧嘩が減ったそうです。

被害にあわれた方に手芸を薦めるなんてできないと思っていましたが、そうではないんですね。
こういうことをすることで、こころにゆとりができるんですね。
この話を聞いて、聞いたことを文書にしておいた方がいいか迷いました。
でも、やはりこれは記録として残しておかなければならないと思い、書いてみました。
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moochin01

Author:moochin01
2009年7歳で我が家に来たキジ虎の猫、ラモスとまったり暮らしていましたが、2018年1月に永眠。
新たに猫ちゃんを迎えるべく、トライアル中。

ビーズ屋黒猫という実店舗を運営中
昭和の雰囲気漂うトタン張りの小さな平屋の民家の内装を、大正ロマンを感じる雰囲気に改築して、そこで工房を構え、ショップも併設しました。
ビーズ、天然石、工具の販売のほか、ワイヤージュエリーの教室をしています。
HP べーズ屋黒猫
販売 Creema
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